「音楽は誰にも裁けない」

瀧さん逮捕後の一連の動き。いつからこの国はこんなに不寛容になったんだろう。
ひとつの作品に関わっている多くの人たち。それぞれの想い。
日々の生活のなかで、その作品に救われ、生かされているひとだって、たくさんいる。
文字通り、命綱のようなものだったりする。
それをすべて取り上げるって暴力以外の何ものでもない。
  
それぞれの背景に何があるのかは分からないし、被害者がいる場合は別だとも思う。
でも薬物使用は法的に裁かれる対象ではあるけど病気でもあって、
こんな風にあらゆる方面から否定して出口を塞いでしまったら、
立ち直れる人も行き場をなくしてしまう。
今、抜け出そうとしている人たちも追い詰められる。
  
人間の喜怒哀楽や誰しもが抱えているであろう混沌、どうしようもなさから生まれたり、
そのすべてを包み込んでくれるのが音楽や映像でもある。
側から見たらあかんやろってひとの生き様や感性に心を動かされたり励まされたりもする。
こういう時こそレコード会社や映像会社にはアーティストやリスナー・視聴者、
音楽や映像そのものを守ってくれと、声を大にしていいたい。
  
昨夜はドキュメンタリー、盆唄を観てきた。予告編→ (Click!)
長い歴史のなかで、その土地で紡がれてきた唄、太鼓の音色、踊り。
時代や国や自然の動きに翻弄されつつも途切れずに、
ひとりひとりの身体、こころのなかに響き、根付き、生きる糧になっているもの。
この尊さは誰にも奪えないし、奪ってはならないものだ。
  
登場するひとの表情を見ているだけで、胸に迫ってくるものがあった。
そして無性に太鼓を叩きたくなり踊りたくなったので、
明後日水戸芸術館で開催される大友さんの即興オーケストラワークショップに行くぞ。
思い切り音楽になってやる~~。くっそ~~!
写真は震災後に福島で生まれ、毎年参加しているプロジェクトFUKUSHIMA!の盆踊り。
私はこの盆踊りに生きる力をもらった。
大切にしたい時間。守りたいもの。
<追記>
後日拝読した武田砂鉄さんの記事。とても共感した。
「なぜ中止かをちゃんと示さない社会は、人を立ち直らせようとしない社会に見える、と書きました。」→ (Click!)
そして大友良英さんがツイッターにアップしていた2009年の文章
「音楽は誰にも裁けない」 (Click!)
本当にその通りだと思う。

早咲きの桜が花開いた
あの日から8年
眺めているだけで胸がいっぱいになる

とある伝統工芸の取材で、城里町の桂雛、常陸大宮の西ノ内和紙、そして大子漆の八溝塗の職人さんたちにお会いしてきた。
 
初対面のときの表情が、制作の話を掘り下げていくうちにほぐれ、作業場に移って手を動かし始めた途端に、その声も身体も生き生きと躍動する。
その姿がたまらなくて、美しくて、とても豊かな気持ちにさせられた。
 
原料の栽培から販売まで、一貫して手がけていらっしゃる方に、畑を見せていただいた。
素人には途方もなく思える繊細な工程を経て、一本の木や植物が人にしか生み出せない何かに変わる。
その手元をずーっと見ていたかった。
一番最初にこの世に産み落とした人は、どんなことを思っていたんだろう
 
雑談のなかで、友人たちの名前も出てきた。
うれしい。
 
今回詳しくお話を伺った桂雛の小佐畑さんは、これまで出逢われた方々とのご縁や言葉をとても大切にしていらっしゃって、尊敬されている方々のお話もたくさんしてくださった。
今朝思いがけず、丁寧なメールをいただいた。私が器を作っていることはお伝えしていなかったのに、名刺を頼りにホームページを見てくださっていて驚く。
  
その文章を読みながら、お店の入り口に左手をあげて座っていた有田焼の招き猫を思い出していた。
ものづくりも日々の生きるということも、地域の風土だけでなく、人とのご縁を招き入れる大らかさや真摯な姿勢のなかで、紡がれていくものなんだろうな・・と改めて感じ入る。
  
しかし使い込まれた道具って、ほんとうにカッコいい。その存在感に吸い寄せられる。無性に触りたくなる。
作品とは別に道具特集を組んでほしいぐらい、たくさんのものが詰まっている気がする。
手仕事って、やっぱりいいな
好きって、素晴らしいな

雪の音 月の音

きのうは小さな粉雪が舞い降りるなかひとりで一輪挿しを制作した。
気持ちが柔らかいままにすーっと深いところに凝縮されていくような静かな時間。
一輪挿しは小さくてまんまるい。
道端に咲いている花や草を摘んで入れるだけで、部屋の片隅がほんのり明るくなる。
だから自分でも気に入っている。
 
前日、車中でかけていた上原ひろみさんのアルバムの曲を思い出していた。
いつもは注意深く飛ばしている7曲目のFirefly。
ぼんやりしている隙に最初のかすかな音が流れてきてしまったのだ。
あ、と思ったけれど、気まぐれに音に身をゆだねた。
あの人との最期の日々に聴いていた曲
 
彼のかすかな息遣いと重なるように響く音。
病院と家を往復する時間
曲が終わりそうになると、CDデッキに手を伸ばして最初の音から繰り返しかけた。
途端に当時の身体とすっぽり入れ替わる。
その身体に心がついていかなくなりそうだから・・とずっと思っていたのに
 
雪のなかに立つ感覚は何かに似ている。
蛍や月の光を見上げるとき、一瞬にして連れていかれる場所に通じているのかもしれない。
息をしなくてもずっと生きていられるような
昨夜寝る前に目に留まって何気なく聴いた曲。こんなところにも通じていたのか
原田郁子(clammbon) & 青葉市子 & さや(テニスコーツ)
「青い闇をまっさかさまにおちてゆく流れ星を知っている」

   
目もくらむほど 息もとまるほど 
ああ 自由だよ
あなたに出逢えて変わったの 
不思議なくらい いま自由だよ 
命が燃える音を聴いたの
 
部屋のなかで吐く息が白い。もう一曲聴いてから今日をおしまいにしようと思って曲を探す。
これも偶然なのかな。
さやさんの言葉のあと「月がどうのこうのとか言い出す人怖いし」。
2人のやりとりはいつも素敵だ
テニスコーツ「月の音」 (Click!)
  
曲が終わって目を閉じたけど、身体のどこかかすかな場所がずっと起きていて、そのまま朝が来た。
ぽかぽか。
時折風が吹いて粉雪が舞う

謹賀新年

幼い頃は関西で迎えていたお正月。今は関東でも、やはり新年は白味噌のお雑煮で。明けて早々に風邪をもらってしまったけれど、初詣でひいたおみくじは大吉でありました。
 
年々、あらゆる物事の境目は曖昧になり、何が吉で何が凶に転ぶのか分かりませんが、これが歳を重ねていく醍醐味なのかな。今年はどんな毎日が待ち受けているんだろう
 
そういえば、気まぐれに一枚購入した宝くじで、300万…
じゃなかった300円当たった。
地道に行けってことだな、と妙に納得。
初仕事は、有機農業やバイオガス技術の第一人者として知られる農家さんたちの取材で、鼻をかみつつリサーチ中。どんなお話が聞けるのか、今からとても楽しみです。
生かされてある日常、ご縁と喜怒哀楽に感謝しつつ…
本年度もどうぞよろしくお願いいたします!
皆さんにとって味わい深い一年でありますように。