<光輪>

大友さん×テニスコーツ@京都「拾得」。
歌いたくなった。踊りたくなった。裸足になりたくなった。
音自体が、生きてることそのものー全部がそのまんま許されている、名付けられることもなく、それ自体として、ただ在る。
だからこんなに無防備にさせられるのかな。
冒頭から訳もわからず落涙。
このとてつもない自由が愛ってもので、それは探さなくたって、ここに、この世界に、この自分の中にも確かに在るんだと身体で体感する、そんな時間だった。
最後の曲、「光輪」

幻のような夢のような時間。
今もずーっと鳴り響いている音と映像。
おとなになるって子どもに還っていくことなんだなあ。
若い頃は経験が追い付かなくて観念に引きずられていたけれど、今は1つの感情のなかに、すべてがある。
年を重ねるごとに涙もろくなるのは、この境目のない未分化な世界が溢れだすからなのかもしれない。
とそんなことを想っていたら、おばあちゃんが実の娘である母のことをとうとう忘れてしまった。「びっくりぽんや!」と大阪に滞在中の母上からお知らせが。
昔のこと教えてと言ってもなかなか口を開かなかったおばあちゃん。今は戦時中の体験も博打・女好きの(私にとっては最高に素敵な)おじいちゃんに苦労させられた体験も記憶の彼方にあるんかな。
今おばあちゃんの目に映っている世界はどんなんやろか。と、ぼけーっと想像してみる。案外素敵なのかもしれんな。