<2020年東京オリンピック>

オリンピック東京開催決定。2020年の日本か。全然想像できないなあ。
とても遠く感じる。
その遠い未来に向けて多額の資金を投入することよりも、
現在の、日々起きていることときちんと向き合って、
対策を講じることのほうが、ずっとずっと現実的だ。
その頃、原発はどうなってるいるんだろう。復興は?近い将来、と言われている巨大地震は?
私は、生きているんだろうか。
それでも、今回世界中に堂々と「日本は安全!」と宣言したわけだから、
これで世界中から日本の対応への厳しい視線が注がれ、それが外圧となったり、
実際に国際的な協力のもと、対策を行う推進力になればと思う。
原発は国際問題で、その認識がすっぽり抜け落ちているのが、日本政府だったから。
日本国内だけでなく、世界に向けて発信することも大切だな。
これまで通り、日々の生活で、できることを実践していきたい。
そして、その積み重ねの先に、どんな2020年があるのか。
できるものなら、この目で確かめたい。

<引き続き、東京オリンピックについて>

想田さんのブログ『堀江貴文氏とのやり取りから見える「ニッポンの多数派」の論理』
(Click!)
読んで感じたことが色々あった。
東京オリンピックを心から喜べない人たちが、
オリンピック自体を否定したいかと言ったら、そうではないと思う。
「オリンピックと原発は別問題でしょう。決まったんだから、
心から喜んでいい大会にしようよ!」という言葉も、ある意味、理解できる。
過去のオリンピックに心を動かされ、できることなら、
手放しで歓迎したかったという人たちも大勢いるはずだ。
それでも、海外では「2011年の大震災以来、最も深刻な事態に」とも
報道されている現実を前に、国民に向けて全く語りかけてこなかった安倍氏が、
海外に向けては堂々と「汚染水については完全にブロックされている」
「健康問題については、これまでも今も将来も全く問題ない」と安全宣言を行ったことに、
違和感を覚えずにはいられない。
そして、その宣言を経て開催が決まった今、
東京オリンピックは、原発事故と切っても切り離せないものになってしまった。
メディアは、その「安全宣言」に何故異議を唱えないのか?
政府が着手したという「抜本解決に向けたプログラム」の具体的な内容を
聞こうとしないのか。
東北では建設作業に関わる人たちが不足していると聞く。
オリンピックによって、復興が滞る危険性はないのか。
素朴な疑問がたくさんあるけど、情報は届いてこない。
それだけでも、オリンピック開催によって、覆い隠されていくものの怖さを感じる。
「別問題でしょ」と片付けてしまったら、
こういった動きに対するセンサーは完全に閉じてしまう。
その現実に危機感を抱くこと、これからを注視することなしに、
「素直にオリンピックを喜べない人ってどうなの?」と排除するのは、
現実から目をそらすことと同じ。
それを歓迎する人たちが実際に存在するという事実からも。
2020年に一流のアスリートたちが東京にやってくる。
彼らの計り知れない努力や、想いに寄り添うことと、
この現実と向き合うこと、自分にできることを探し実践していくことは、全く矛盾しない。
むしろ、彼らを心から応援することに繋がっているはず。
「非国民」とか「左翼」とか、お決まりの乱暴な言葉がネット上に出回っているようだけれども、
地球の生態系のすべてに大きな影響を与えるこの事故の収束を最優先に考えることが、
生き物として自然な反応であり、責任だと思う。
2020年に、どんな世界が待ち受けているのか想像もつかないけど、
「なかったこと」には、できない。

<福島で大友さんと>

お盆にフェスティバルFUKUSHIMAに参加した後、
茨城に帰ろうと近くの駐車場から車を出そうとしたその瞬間、目の前​を人が横切った。
「あれっ!!大友さん!!?」慌てて車から降りて、友達と挟み打ちにして、
しばらく話をした後、一緒に撮ってもらったのが、この写真。
震災から1年経っても、姉たちが暮らしていた福島市には、
なかなか足を延ばす気持ちになれなかった。
「福島」という言葉自体が複雑な意味を持つようになり、
スローガン化されているのを目にする度に、痛みを感じていた。
「大きなことば」にかき消されてしまうもの。
そのあいだから、こぼれおちてしまうもの。
どう向き合って良いのか。よく分からなかった。
そんな私に、フェスティバルFUKUSHIMAは、帰るきっかけをくれた。
福島​市に​足を踏み入れて、初めて気づいたこと。
私は、帰るのが怖かったんだ。
​​糸が切れてしまいそうで、崩れてしまいそうで、​​怖かったのだと思う。
でも、そこにある福島は、以前と変わらない​愛しい福島だった。
ただただ、この土地が好き。
そこに溢れている沢山のものに触れていたい。楽しい。関わっていたい。
毎年訪れていた頃と同じ。純粋に、そう​思えた。
そして、​​その気持ちに​救われた。​
今も私には、「福島!」と叫ぶことはできない。
でも、大友さんたちがやろうとしていることは、そういうことではないのだ。
自分のことばを必死に探し続けていた、あの怒涛の日々のなかで、
私は大友さんのブログに出逢った。
生身の人間をちゃんと観て、関わって、受け止めて、
許すことのできる人にしか、こういう言葉は紡げないと感じていた。
そして、そういう人ほど、受けるものも大きいのだと。
何かを形にすれば、否応なしに批判の声も受ける。その形によって、人を傷つけるかもしれない。
周りの人たちを巻き込むことには責任も伴う。
それでも、そういうことも全部理解したうえで、やろうと、引き受けようと。
そういう強い想いと、計り知れない覚悟があったのだろうと、想像していた。

実際に原発事故から半年もたたないうちに福島でフェスを開催したことで、批判の声が上がっていた。
それでも毎年続けてくれていることに​、どんなに励まされてきたか​。
震災後、いつ何が起きるか分からない。
だから、伝えたい気持ちは伝えられる時に、と​今まで以上に思うようになった。
その結果、私は随分図々しくなった。​
大友さんにも、いつか必ず直接お礼が言いたいと願​っていた。
​だから、​今回は無理だな~と諦めかけた瞬間に舞い降りてきたこの偶然が、
とても、とても嬉しかった。
しかし、フェスを終えたばかりで疲れていただろうに、いきなり警察の連行のような真似を​。
話に付き合わせて、馴れ馴れしく腕まで​組んでしまって、
別れ際には「大友さん万歳!!」と人眼を憚らず叫ぶ始末・・。
ドンビキやろ!と、祭りの興奮が落ち着いた頃に、やっと我に返った。
そしてTWで「先日は、いきなり本当にごめんなさい!​​」とダイレクトメールを打った。
​思いがけず、すぐに返事が届いた。
「なんかすごく嬉しかったです。
もう理屈もなにもなくぎゅうって抱きしめられた感じがしました。​」
​涙が溢れてきた。​
気持ちが少しでも届いたのかな?という嬉しさもあった。
何で、こんなに想いを持って行動している人が​​​​傷つかなければならないのかという、
やるせなさもあった。
同時に、​そうなんだ、その通りなんだ、言い当てられちゃったな・・と思った。
震災後、ただただ全部を抱きしめられたらいいのに、と何度も思っていたから。
ずっとずっとそうしたくて、そうできなくて、自分の小ささが悔しくてたまらなかったから。
今も。
あまちゃんの中に「地元に帰ろう」という歌がある。
その制作秘話の中で、大友さんは、こう綴っていた。
「地元は必ずしも故郷や出身地とイコールじゃないと思っています。
自分の居心地のいい場所が地元でいいんだと思います。」と
​来年もお盆には福島に帰って、盆踊りを踊ろう。
そして、もし、また大友さんにバッタリ会えたら、その時は、
「抱きしめられた感じ」じゃなくて、思い切りハグしよう。
って結局、全然懲りてないや・・。
<Youtube映像>
音も振りも手づくり。
風刺とユーモアが詰まった大好きな曲、
「ええじゃないか音頭」の盆踊り映像→

あまちゃんバンドがテーマ曲を演奏!→(写り込み激しい。笑)

↑は、途中で切れてしまったので、最後まで観たい方は、→

<パワー・トゥー・ザ・ピープル>

「パワー・トゥー・ザ・ピープル」上映会&エネシフに取り組みんでいる方々のトーク。
参加してきた。イベント詳細⇒http://artnpo.exblog.jp/19447892/
何かを企画する度に、現実に打ちのめされ、無力感にうちひしがれるような場ではなく、
自分にも具体的にできることがあるという希望を持ち帰れるような場を、と思うのだけれど、
今日参加したのは、まさにそんなイベントだった。
この映画は、オランダやデンマークの市民による
再生可能エネルギーの取り組みを紹介するドキュメンタリー。
エネルギーを消費する側が同時に供給する側にもなり、地域の中でシェアする仕組みを作ること。
エネルギーの自由化が、多国籍企業からの独立、経済・社会の自由化をもたらし、
この技術革命こそが、社会革命に繋がる。
市民の手に「エネルギー」を取り戻すことが、文字通り「パワー・トゥー・ザ・ピープル」
市民の主体性、パワーの源になるというお話。
グローバルからローカルへ。大きなシステムから顔の見える小さなシステムへ!
それこそ今求められているものだー!と、立ちあがって拍手をしたくなる内容でありました。
【トークの出演者】
つくばの 「ソーラーシェアリング プロジェクト」松岡氏 サイト⇒http://gba03100.cocolog-nifty.com/tsukuba_ss/
南相馬の「えこえね南相馬研究機構」中山氏 サイト⇒http://www.ee-minamisoma.jp/
栃木の「ソーシャルエコロジー研究所」上岡氏 サイト⇒http://www.social-ecology.jp/
特におお~っ!と思ったのが、写真の松岡さんの取り組み。
ソーラーシェアリング=「農地の上に、藤棚のような高い架台を設置し、その上に広い隙間をあけて、
小型ソーラーパネルを並べることにより、発電と農業を両立させようというアイデア」。
余った電力は売却によって副収入になるので、生活の安定にも繋がる。
松岡さんは、なんと一人で農地の上に、この藤棚式?ソーラーシステムを作ってしまった。
しかも、パネルは一斉に手動で回転させられるため、日照量を調整できる。
その映像が流れたとき、観客からは思わずどよめきの声が・・!
強風の時には水平にして、安全を確保。
(台風にも耐えられるはずだけど、今週末が丁度良い実験になりそうだとのこと。笑)
パネルが上にあったら、作物に太陽が当たらないのでは?という疑問にも答えていた。
植物の生育には太陽が必要だが、ありすぎると有害。調節できれば、葉焼けを防げる。
実験では、地面のどの場所でも平均的に太陽があたり、作物も問題なく育ったそう。
もちろん初期コストはかかるけど、自給自足を目指す農家の人たちが、
共同で実現できたら、すごい力になるなあと思った。
えこえね南相馬の中山さんも、南相馬で再生可能エネルギーの普及に向けた勉強会、
ソーラーシェアリング、農地ソーラーなどの実験事業を展開している。
“2030年VISION PROJECT”=2030年の目指す姿を草の根活動で考え、
みんなでhappyな未来を実現するというプロジェクトを主宰。
「『劇場型民主主義』は終わり。市民が観客のように、
政府に「新しいエネルギー政策を!」と要求するのではなく、地元で、地域で、
市民が主体的に取り組むべき。」
「ソーシャルエコロジー研究所」の上岡さんは、FBでも繋がっていて、
今日ご本人に初めてお会いすることができた。とにかくバイタリティーに溢れた方。
大きな投資をしなくても、手軽に自然エネルギー発電を暮らしに取り入れることのできる、
世界一小さな発電所「ナノ発電所セット」。欲しいなあ。
市民が、ほんの少しでも、生活の中で実際に自然エネルギーを体験できれば、すごい力になると思う。
上岡さん:「原発を政府が維持したいのはなぜか。市民には原発が作れないから。
市民が自立して発電することは、国策として原発を推進してきた国や企業にとっては怖いこと。
でも、それは実現可能」
ブラボー!!
パネル自体の耐久性や、破棄するときの環境への負荷が気になって質問したら、
20年は持つそうで、20年後までにパネルのリサイクル技術が進めば、
軽減される可能性があると思う、とのこと。
実際に取り組まれている方と直接お話しすると、勇気が出てくるなあ。
こういうイベントも今後、企画したい!
それぞれの方の活動は、サイトに詳しく掲載されてます。
是非ご参照を。

台風一過。
作業場の電気を消して、外に出て、あ。
庭が明るい。
澄み切った空に、真っ白いお月様。
そして、吸い込んだ空気には、忘れかけていた冬の気配が。
年に何度か訪れる劇的な瞬間。
制作していた徳利にふさわしい季節がやってきた。
中秋の名月も、もうすぐ。