<点と線>

お盆休み、たまたま一緒のマンションに住んでいて、学年は違うけれど、同じ幼稚園と小学生に通い、家族ぐるみで仲良しだった友人達と、何十年かぶりに再会。
学校の帰り道、原っぱ、砂場やブランコ。
缶蹴りや鉄棒、地域の子どもコーラス、発明した色んな遊び。
幼い頃、一緒に目にした景色、吸い込んだ空気が鮮やかに蘇り、時空の境目にいるような感覚が続いたまま、福島へ。
2011年に生まれた大風呂敷。大きさも柄も、素材もバラバラの布たちが縫い合わさった空間。目にするたびに、こんな風景を紡いでいきたいと思う。
毎年少しずつ形を変え、続いているお祭り。帰れる時間。年々、県外・県内の顔見知りも増えて、再会しては踊り、「また来年!」と別れる。
ダンケシェーンのソフトクリーム、地元のお兄ちゃんたちとの陽気な時間。飯坂温泉。旅館のおばちゃんから頂いた桃。餃子会館の頑固おやじ。二層ラーメン。新たに見つけたお店。
やっぱり福島が、大好きです。
そして帰宅後、水戸で「標的の村」の上映会。
「闘い」というものから遠いところある、そんな暮らしを営んでいる人たちが、闘わざるを得ない理不尽さ。
地域の人たちが、「座り込みをする人たち」ではなく、そこで生活するひとりひとりとして描かれていて、観る前と後では世界が変わる。
終盤に、ゲート前の車中で歌い始める女性の声が忘れられない。
「音楽に政治を持ちこむな」って言葉がSNSに溢れた時があったけれど、あの歌を聴いたら、そんな意味づけは吹っ飛ぶんじゃないかな。
アフリカンダンサーの友人が、いつだったか、
「ギニアでは踊るのがdoじゃなくてbeなんだよね」と話してくれたことを思い出した。
暮らしのなかで生まれた喜怒哀楽が、そのまま音になる、踊りになる。福島の盆踊りも、きっとそうだから、毎年帰りたくなるのだと思う。
遠方から足を運んでくれたり、体調が悪いのに駆けつけてくれたり。
2週間の準備期間で、どうなるやら!?と心配していたけれど、たくさんのお客さんにご来場いただいて、上映後の会話も温かかったなあ。
高江の支援活動を続けている鈴木祥子は、親しい友人で、毎回トークの依頼をする度に「行くよ!」と即答してくれる。
今回は急な依頼だったのに、なんと滞在中の山梨から駆けつけてくれた。
彼女の行動力と、持続力、明るさとバイタリティには、いつも圧倒される。そして、会えばボケとツッコミで笑いが止まらなくなる。
根がアホなんだよなあ~。
幼馴染会も、盆踊りも、上映会も
変わらないもの、変わり続けるもの
関わり続けることで、見えてくるものだったり、
直接観る、聴く、話す、身体で感じることの大切さをじわーっと感じさせてくれる時間でありました。
感謝。